ライフ

おつかれ。

クールキャットだ。

久しぶりにブログを開いたら、コメントが寄せられていることに気づいた。

コーヒーメーカーの記事だ。

 

俺にとっては、このブログを始めて初めてのコメントだったんで、大感激!

約一ヶ月遅れとなったが、感謝の返信をした。

コメントをくれた方、返信が遅れたこと、重ね重ねお詫びを申す。

 

俺は態度はでかいが、根は優しい、いい人間だ。

記事を読めばそれがわかるだろう。

コメントには丁寧に返信するから、どしどしコメントしてくれ。

悪口でもオッケー。

 

あれから1ヶ月…

1月24日。

約1ヶ月前。

俺は人間ドックに入った。

 

で、提出した検便からヘモグロビンが出た。

つまり血便だ。

2週間後に再検査という段取りになった。

つまり、大腸カメラ!

 

大腸カメラ、初体験!

そう、初めてだった。

再検査の1週間前に下剤をもらい、3日前から服薬。

大腸から、すべての便を追い出しにかかる。

便意を催しても、出てくるのは水だけ。

 

1月7日。

当日は8時に病院へ。

一室で1リットルの液体下剤をゆっくり飲み、便が完全になくなり小水のように半透明になるまで待つ。

俺の他に80歳のおじいさんがいた。

それまで病気になったことはなく、今回血便が出たとのこと。

俺は大腸がんは覚悟していたから、「80歳まで生きられりゃいいじゃん。」と思ってしまった。

俺は、あと数年で死ぬかもしれん・・・。

 

と、そのじいさん、看護婦のハナシがわかっていないらしく、液体の下剤をがぶ飲みしている。俺は、1時間ゆっくり時間をかけて飲むんだと教えた。

ところが、俺が下剤を飲み終えて、もうそろそろ大腸カメラがオッケーとなったときも、まだじいさんの下剤が残っとった。つまり2時間過ぎても下剤を飲み終えていなかった。

俺はまたじいさんに教えたが、じいさんと話しているとき、なんだか悲しくなってきた。

 

大腸カメラ、痛くはない!

午後1時。

俺の便はまるで小便のようになり、看護婦からオッケーが出た。

医者が昼食を済ませ次第、検査をするとのこと。

俺の大腸検査の前、医者は何を食ったんだろうと、そんなことが気になった。

 

時はきた。

看護婦のいうままに検査室へ。

と、その前に、検査着に着替えた。

ズボンはお尻の部分が20センチほど切れている。

時計も指輪も外した。

ベッドがあり、そこに横たわる。

麻酔をリクエストしたので、看護婦が注射を打つ。

朦朧とするが、意識はある。

と、いつのまにか検査は始まっていた。

「始めますよ。」という医者の声は聞こえたが、お尻にはなんの違和感もなく、検査は実に穏やかに始まった。

ベッドに横たわった俺の目の前にはモニターがあり、それをずっと見ている。

カメラは俺の大腸をさかのぼっていくが、俺はそれを自分の大腸とは認識できない。

ただ、なにかが変。

おかしな感覚だ。

 

どれだけ時間が経ったのか、まるでわからない。

「ポリープがありました。」

と医者は言った。

 

やはりあったか!

 

「取りますねえ。」

なんと落ち着いた医者の声だろう。

カメラからカッターが伸び、うずら卵のようなポリープをこねくり回す。

引きちぎる、という感じだ。

「閉じますねえ。」

今度は小さい洗濯バサミが出てきた。

それは二つ。

ポリープはどこかへ消え、切除した部分をホチキスが塞ぐ。

 

「もうひとつありましたあ。」

医者の優しい声。

再検査の1週間前、下剤の飲み方を看護婦から教えられたときに、ポリープが100個以上ある患者のハナシを聞かされた。

だから、俺にはポリープの10個くらいはあるかもしれんと予想していた。

 

二つ目のポリープも、同じように処置された。

そして、カメラはいつしか大腸の一番奥へ。

少し小腸の入り口付近まで入った。

「はい、これで終わりますねえ。」

 

ホッとした瞬間だった。

 

その日の診断は?

検査後、少し休んでから医者に呼ばれた。

パソコンの画面でカメラ映像を見る。

紫がかっていたから汚い腸だなと思ったが、聞くとそれは特殊な液体がかけてあるとのこと。大腸内の血管を見やすくするためだという。

血管の筋が不規則だとそこにガンがあるらしい。

「大腸内はきれいですよ。ポリープが二つありましたが、二つとも1センチほどで、血管にも異常があるようには見えませんから、大丈夫だと思いますよ。1年後に再検査に来てください。ポリープは検査に回しますから、結果は10日後に聞きにきてください。」

 

ポリープ検査の結果!

2月19日。

俺は検査結果を聞きに病院へ。

診察カードで受付を済ませ、ロビーの椅子で待つ。

検査当日の診断では、まあ大丈夫だろうと言われたが、万が一ということもある。

俺は最悪の事態を想定して、ガンだと言われてもいいように、これまでの人生を振り返る。

まあ、いい人生だった。

現在51歳。

大腸がんと診断されて、あと数年と言われても、ガンとの闘い、がんばってやろうじゃないか!

と意気込むが、急に怖くなる。

病院から逃げ出したくなった。

こんな最悪の気分は、生まれて初めて味わう。

 

1時間が過ぎていた。

そして、そのときはやってきた。

「32番の番号札をお持ちの方。」

俺は、力なく手を挙げた。

 

診察室に入ると老医者。

顔が険しい。

俺はついに覚悟を決めた。

「ガンにはですね、三段階ありましてね。いいのと、悪いのと、その中間ですね。ガンの診断は、この三段階です。悪いのは、もうあと数年。いいのは、まあ数十年は大丈夫。」

とかなんとか言い出した。

俺はうなずいて聞いていたが、「俺はどっちなんだ! 早く言えよ、このじじい!」

という気持になっていた。

「それで?」と俺は言った。

「それで・・・あなたは、中間に近いですなあ。」

 

ガビーン!

 

中間って、ガンかよ!

「中間っていうのは、まあ、10年くらいほっとけばガンになるでしょうなあ。」

「先生、結局、俺はガンですか?」

「まだガンではない。ただ、食事には気をつけてください。乳製品は控えるように。昔から日本人には大腸がんはなかったんだが、欧米風の食事が入ってきてから、急に大腸がんが増えてきた。ポリープも完全に取ったから、まあ、大丈夫でしょう。」

 

長生きをするために

ここ1ヶ月、俺がブログを書く気になれなかった理由がお分かりだろう。

ポリープは、できる人とできない人がいるらしい。

初めての大腸検査でポリープ二つを処置。

俺は、ポリープができる体質ということがわかった。

今後ガンにならないために、俺はなにをすべきなのか?

1 カネがかかっても人間ドックには毎年行く。

2 乳製品・アルコールは控える。

3 運動を毎日する。

俺には6歳の娘と3歳の息子がいる。

彼らのためにもまだまだ死ぬわけにはいかない。

人は検査やその結果を怖がって病院を遠ざけるが、俺は今回のことで悟ったぞ!

ガンを見つけるためなら、どんな検査だって喜んで受けるべきだということを。

大腸カメラだって、1ヶ月に1回ケツに突っ込んだってかまわん!

 

そして、今回のことで、生きる喜びを思い知った。

心から感謝!

 

この日、俺は病院から仕事へ向かったが、B型ヨメにはLineで結果を知らせた。

夕方、帰宅するとヨメが俺を抱きしめて泣いた。

うれし泣きだった。

俺もむろん泣いたが、ふたりの子どもが駆け寄ってきて、ようやく笑顔を取り戻した。

家族にも感謝だっ!

 

この記事を読んだくださった方に俺は言いたい。

明日にでも人間ドックに行きましょうと。

ライフ

ここ数日気持のいい朝が続いている。

というのは、朝日がリビングに神々しく差し込んでくるからだ。

 

体内時計がリセットされる感覚

知っているようで知らない体内時計の大切さ。

 ヒトの体には、ふだん時間などを意識しなくても、朝に目覚め、日中は脳も体も活発に活動し、夜になると体が休息を求め眠りにつくというような、自然に備わっているリズムがあります。このようなおおよそ24時間で繰り返されるリズムを「概日リズム(日周リズムあるいはサーカディアンリズムともいう)」といいます。
ヒトの体には概日リズム(睡眠と覚醒、体温や血圧・脈拍の日内変動、ホルモンの分泌など)のほかに、90分周期のリズム(レム睡眠とノンレム睡眠など)、30日周期のリズム(月経、皮膚の新陳代謝など)、1年周期のリズムなど、一定の周期を刻むさまざまなリズム(生体リズム)があります。体内で日々繰り返し行われるさまざまな生体リズムの活動は、生命を維持していくためのたいへん重要なシステムといえます。
これらの生体リズムを調整する役割を担っているのが「体内時計」です。

※ 健康ブログから抜粋

多忙な現代人は、太陽の恩恵など意にも介さない。

だが、俺は管理職から平に戻り、新築マンションの3階で自適の生活を手に入れた。

今年のこの大きな選択が間違っていなかったことを、俺は毎朝感じることができる。

そう。

朝日があるからだ。

 近年、体内時計は皮膚、肝臓、心臓、血管などあらゆる部位にそれぞれ備わっており、その体中に備わっている体内時計に指令を出しているメインの体内時計が、視床下部の視交叉上核(しこうさじょうかく)という部分にあることがわかってきました。視交叉上核にある体内時計は他の体内時計をコントロールする働きを持っていることからマスタークロック(主時計)と呼ばれています。
実は、生体リズムのそれぞれの周期は機械の時計のように正確ではありません。たとえば、概日リズムの周期はちょうど24時間ではなく24時間数分~数十分であり、個人差があります。これが、概日リズム(おおよそ1日のリズム)と名づけられている理由なのですが、この数分~数十分の周期のずれを修正しないままでいると、24時間かけて自転する地球の周期(生活サイクル)とどんどんずれていくことになります。
このずれを生活サイクルの周期と合わせるように修正するカギになるのが朝の太陽の光です。朝日を浴びることで眼から入った太陽の光の情報を、網膜を通して視交叉上核が受け取ると、視交叉上核にある体内時計がリセットされ、24時間という一定のリズムに調整されるのです。リセットされた情報は、すぐさま全身の体内時計に伝達されます。

※同じく抜粋

 

毎朝、朝日を浴びて体内時計がリセットされる感覚。

それが実感できたのは、朝日をしっかりと見たからだろう。

 

玄関に届く朝日

季節によって朝日が差し込む位置は変わる。

今はちょうど、玄関に光が届く。

スマホで写真を取る俺の陰。

起きて主寝室から廊下に出ると、そこには朝日。

俺は思わず、

「うん! 気持ちよし!」

とつぶやく。

 

マンションに住んで実感した朝日の大切さ。

太陽への感謝の気持ち。

戸建てであれ、マンションであれ、この人生でどれだけの日光を浴びたかが、俺は重要に思えてきた。

 体内時計を、毎朝、一定の時間にリセットすることが、健康の維持には大切です。そのためには、「朝起きたら必ず朝日を浴びる」「日中はできるだけ外出して光を浴びる時間をつくる」「夜は強い光をできるだけ浴びない」など、生活に光のリズムを取り入れる工夫をしてみましょう。
また、「起きる時間を毎朝一定にする」「朝食は毎日欠かさずとる」「3食規則正しい時間にとる」などの生活リズムを整えることも体内時計の乱れを防ぐためには大切です。

※ 抜粋

ライフ

記事がやっと70に到達。

人気のない記事は削除してるからなかなか記事数が伸びない。

カテゴリーも記事数がバランスよくならんといかんから、気を使う。

 

ふとカテゴリーをチェックしていると、【ライフ】カテゴリーの記事が滞っていた。

永ちゃんの記事以来だ。

そろそろ矢沢永吉邸の間取りでも書こうかと思ったが、まあ、もうちょっと待とう。

あんまり意味あることにも思えないし。

 

さて、今回の記事は、簡単に言うとカミングアウトだっ!

 

俺は昔ズラ被り!

まあ、50歳を過ぎると解脱するもんだ。

人付き合いとか、過去のこととか、どうでもよくなる。

俺のこれまでの半生を語ったところで、万が一名前がわかったところで、動ずることはない。

自分の半生を振り返り、客観的に自分の価値を考えるのも大事なことだしね。

 

俺のヅラ人生

確かな記憶ではないが、2004年から2014年までの10年間ほど、俺は某有名メーカーのズラを被っていた。

自然がどうのこうのというメーカーだ。

2004年から2年ほどは増毛。

その後カツラになった。

俺はいわゆる、まるっきりのつるっぱげではない。

斉藤さんよりはある。

斉藤さん、勝手にすまん。

いわゆる薄毛というやつで、俺はハゲる前の対策としてズラを被ることにしたのだ。

 

費用がバカにならん

これ、当たり前だな。

最初はようわからんまま、某カツラ会社に相談。

あれよあれよという間に契約。

ひと言で言うと、カツラひとつ60万はする。

カツラ会社は、「スペアがあった方が長持ちする。」と言うので、2つは買わされる。

それでも、ひとつのズラは2年ほどで劣化。

毛がチリチリに。

そしてまた購入することになる。

俺はこれを10年間。

単純に見積もって、ズラの購入だけで400万を越えただろう。

 

散髪代とか、メンテ代とかも

ただ単に着脱式のヅラを買い、必要なときに使うという方法であれば、これほどの費用はかからないだろう。

しかし大抵の場合、必要なときというのは、有り得ない。

常にフサフサな方がいいに決まっている。

 

とすると、月1回、散髪とメンテのため某ヅラ会社に行くことになる。

着脱は簡単なパッチン式ではなく、強度を増すため地毛に固定する方法。

だから散髪と、ヅラのメンテと、ヅラの固定。

半日ほど時間がかかった。

散髪、メンテ代は毎月5,000円。

1年で6万。

10年で60万円。

 

まあ、これは、美容室にいけばこれくらいはかかる。

 

ただ参ったのは、このズラ会社、ビルの真上にでっかい看板。

そこに入っていいく俺たちヅラ組。

その真ん前はバス停だ。

しかもかなり人がいる。

入って行くのがホント、、苦痛だったよ。

 

おっと、B型ヨメが呼んでいる。

俺んちは今からイオンモールに暇つぶしに出かける。

ヅラのハナシはまた次回。

ライフ

改めて言っておくが、俺の考えや意見は、これまでの経験を元にしている。

まあ、これは当たり前。

だから、どんな経験をしているかで、人間の価値は形成されていく。

 

孟母三遷の教え

これを知ったのは中学生のとき。

知らんヤツのために引用。

市場の近くに住むと、孟子は商人の真似ばかりして遊ぶので、学校の近くに引っ越した。 すると孟子は礼儀作法の真似ごとをするようになり、孟子の母は「この地こそ子供にふさわしい」と言って、その地に落ち着いたという故事から。 「孟母三遷」「孟母の三遷」「三遷の教え」「孟母の三居」「孟母の教え」とも。

もちろん、俺のママは孟母三遷はしなかったが、俺自身がこれをすることにした。

つまり、地方都市にいるよりも、東京に行った方が自分の為になる、と考えた。

環境が俺を作るということを、いち早く理解できたのが俺の利口なところだ。

地方都市より東京。

そこで俺はたくさんのことを学んだ。

 

東京ではバイト三昧

まあ、昔の学生は当たり前。

学問よりバイト優先。

俺の場合、実は夜学だった。

大学は二部だ。

俺はアタマがいいから、早稲田でも明治でも一部で合格したが、俺んちはビンボーだったから、昼働ける夜学を選択。

昼働いて夜学校という大学生活を送った。

 

世間は、夜学なんかあ!

ってバカにするよな。

 

入社した会社の上司に、「そのことは言わない方がいい。」と言ったヤツがいたが、俺は恥ずかしいとは思っていない。

なぜ、大学が夜学っていうだけで負い目を感じる必要があるのか?

確かに、そういった世間の目はある。

だが、俺は自分の選択に間違いはなかったという自負がある。

後悔するような人生は歩いてはいない。

 

左官屋での経験

ちょっと話がズレた。

とにかく俺は夜学に通い、いろんなバイトをした。

そして落ち着いたのが、左官屋という、セメントをこね壁に塗り付けるという仕事。

その仕事先が、けっこうな有名人。

 

森繁久彌。

森進一。

大原麗子。

 

若い人は、あまり知らないだろう。

 

大原麗子の隣は黒沢年男の家だった。

森繁と森の家は少し寄っただけだったが、大原麗子の家は間取りまで全部知っている。

亡くなったのは自宅だったが、寝室で亡くなった情景を俺は想像できた。

大原麗子は俺たち職人に素顔は見せなかった。

常にサングラス。

俺も1m近くまで接近したことはあるが、かなり緊張した。

きれいな女優だったよね。

故人だから、写真アップはどうかと思ったが、知らんヤツのために。

 

目を閉じると家の様子が脳裏に浮かぶ。

本宅が完成してから数年後、庭に読書室を作るとかで、もう一度工事で入ったことがある。

森進一と別れてから母親と暮らしていた。

お手伝いさんもいた。

広い、大きな家だった。

 

矢沢永吉の家を作る

今思えば、何という経験をしたんだ、俺は!

と思っている。

 

いくら孟母三遷の教えで、東京に来たと言っても、なかなかできる経験ではない。

俺がバイトで入った左官屋は、望月左官工業という。

東京田無市。

今はもうない。

社長ともう連絡はとれないが、この望月左官工業が取引をしていた創美工房という会社が、芸能人とのつながりがあったのだ。

 

実は俺、森進一と電話で会話をしたことがある。

事務所に電話がかかってきたのだ。

「モッちゃん、いるかな?」と森進一が言った。

モッちゃんとは、望月社長のことだ。

俺はそのときそれが誰だかわからない。

どこかで聞いた声だとは思った。

 

その数年後、世田谷区広尾の現場に行くことになる。

矢沢永吉邸だ。

 

世間では、本名がどうのこうのと言われているが、俺は現場にいたから、建築主ということで本名を知っている。

だが、言うべきではないと思っている。

永ちゃんは永ちゃんだ!

 

隣は確か萬田久子宅じゃなかったかな?

 

数ヶ月、俺は矢沢永吉邸の建築に携わった。

それほどファンではなかったから大した緊張はなかったが、音楽界の重鎮だから妙な誇りはあった。

これは自慢なると、そのときから思っていた。

 

間取りはよく覚えている。

だが、ここでは言わん方がいいだろう。

矢沢さんには迷惑。

いつか、言う時が来るかもしれない。

 

俺は、矢沢邸建築のとき、セメントをこね、壁に塗った人間だ。

それだけで十分。

 

見る目が違うというハナシ

今は地方都市でのんびり暮らす俺だが、東京での経験は自慢できることばかり。

例えば、渋谷の109を造るときも俺は関わった。

突貫工事で、夜の十二時まで働いた。

夜食はマクドのフィッシュバーガー。

こんなに懸命に働いてんの、フィッシュかよ!

望月社長に文句を言いたいが…。

今どうしていることやら…。

 

実は俺、東京には七年いた。

この七年は、俺にとってダイヤモンドより輝いている。

そして、この経験で培ったのは、

ホンモノを見極める能力。

 

このブログで、何様だという口調でモノを言う俺だが、矢沢永吉邸を造った俺だ。

 

少しぐらい、態度がでかくてもいいんじゃね?

俺は、ホンモノを知っているっ!

ライフ

俺の起床時間は6:30。

大体。

このごろはNHK第一ラジオをつけっぱなしで寝るもんだから、6:30になるとラジオ体操が聞こえてくる。

そう。

「新しい朝がきた。希望の朝だ♫」の歌。

 

数日前から、この歌で目覚め、ラジオ体操を主寝室でするようになった。

さすがに第二まではしないが、血の巡りがよくなり、気分がスッキリする。

目覚めがいい!

 

ついでに俺のその後の行動。

洗面所で顔を洗う。

コンタクトを付ける。

アタマを洗う。

シャンプーは美容室で買ってきた業務用だ。

めっちゃふんわりして、俺の薄毛も約二割は増える。

ヒゲをそり、鼻毛を抜き、朝食。

 

朝食は、ご飯一杯とみそ汁。

例に寄ってみそ汁は濃い。

ご飯は大盛り。

ちょっとでいいとB型ヨメには言うんだが、暖簾に腕押し。

おかずはふりかけとか、ノリとか、漬け物。

たまーにサバ缶、卵焼き。

おっと、たまにこれもある☟

ヨーグルトを食べ、しめは血圧のクスリ。

ごちそうさまとなる。

 

トイレに行くのが6:50。

7:00に着替え、リビングに戻りコーヒーを飲む。

NHKで今日のニュースと天気をチェック。

 

7:10。

洗面所でエビオス錠を10錠、新ビオフェルミンSを3錠。

これでおなかはバッチリだ。

 

そして7:15。

俺は玄関へ。

B型ヨメとチューして出社。

 

おい、最後はのろけか?

と、読者のツッコミを予想しつつ、このどうでもいい記事は終わる。

 

ラジオ体操をブログに設置した

なぜか知らんが、このブログを朝見る人が多いようだ。

その方々のために、ラジオ体操の音楽をブログのサイドバーに設置したからご利用されたし。

みんなで健康になろうぜっ!

ライフ

正直ホッとした。

今回のノーベル文学賞の発表。

村上春樹でなくてよかった。

俺は、絶対あいつの受賞はないと思っている。

数ヶ月前、7年ぶりの最新作が異例の初版50万部というニュースが飛び込んできたが、売れてんのかどうかわからん。

 

ハルキストはメジャーなのか、マイナーなのか?

『騎士団長殺し』

これが最新作の書名だが、これが異例の初版50万部という記事をネットで読んだとき、記事の下方にある世間様の反応を見て驚いた。

大いに否定的な反応が圧倒的

 

これが世間の反応なんだな。

どうした! ハルキストたちよ!

「わあ! とうとう春樹さんが7年ぶりの最新作、楽しみだわ!」

なんて書いている人はひとりもいない。

書きたくてもこの雰囲気では書けなかったのか?

約一割が抵抗しているのみ!

ハルキスト

マスコミの造語だろうが、この方々はメジャーなのかマイナーなのかよくわからん。

以前アマゾンで村上春樹作品の書評を読んだが、ほとんどが酷評。

ただし、そのレビューの数はすごい!

反応が多い!

ハルキストというのは、酷評する人も含めてハルキストなんだ!

 

俺は村上春樹が嫌い!

これだけの作家にも拘わらず、世間の反応が冷たいのはなぜなのか。

俺は何度も言うが、こいつが大嫌い。

しかし、世間もこんなに嫌いだったことに驚いた。

 

とすると不思議だ。

こんなに酷評される作家がどうして売れるのか?

なぜノーベル文学賞の候補なのか?

ひとつには早稲田大学という学閥が後ろ盾になっている。

早稲田出身がよいしょするわけだ。

しかし、早稲田とはなんの関係もない一般人や、俺みたいな明治大学出身は「どこがいいの?」と思ってしまう。

海外で有名になったのもなんとかという教授だったか文学者が絶賛したからだよな。

 

そうそう、「この写真気になる」という投稿がいくつかあったが、その写真はこれ。

ビジュアル悪すぎ!

 

村上春樹がノーベル賞を取れない理由

村上春樹のデビュー作の『風の歌を聴け』は衝撃的だった。

ただし、ハードボイルドの文体をマネていた。

レイモンド・チャンドラーにそっくりだ。

『パン屋再襲撃』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で独特の文体でハルキワールドを展開していく。

このあたりまでは、実は俺も間違いなくハルキストだった。

しかし、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を途中で挫折。原因は、村上春樹の顔写真を見たことがきっかけだった。

ハルキワールドは『僕』という一人称で物語が展開していく。すると、写真で見た村上春樹と小説の中の『僕』が重なって見えてくる。こうなるともう、村上春樹の小説は読めなくなる。

この情けない写真。

顔を出さなきゃいいのに。

 

『アンダーグラウンド』

村上春樹が1997年に発表したノンフィクション。

内容は、地下鉄サリン事件の被害に遭った人々のインタビュー。

ハルキストでさえなかなか読む気になれなかったという本だ。

その理由は明らかで、小説ではないからだろう。

この本にハルキワールドはない。

インタビューだから。

地下鉄サリン事件の悲惨さが伝わってくる傑作だというヤツもいるが、なぜ村上春樹がこれを書く必要があったのか。

ハルキストもブログを読むと、ハルキストでさえ「それはわからない。書く理由は伝わらなかった」と言っている。

『ノルウェーの森』が空前の大ヒット。海外でも翻訳された。

村上春樹は世界でもっとも有名な日本人作家となった。

このとき、村上春樹の脳裏にはノーベル文学賞の文字がテロップになって流れたはず。

その後に書いた『アンダーグラウンド』。

世界を震撼させたテロをテーマにすることで、一気に名前を世界に売り、ノーベル文学賞への階段を築こうとしたのだ。

世界のムラカミハルキとなり、ノーベル文学賞を意識した途端、ハルキワールドは消滅してしまった。

【僕はそのとき、1056本目のタバコに火を付けた。】とか、【僕たちは、付き合ってから89回目になる○○を楽しんだ。】とか、ハルキワールドの骨格をなすセンテンスが、俺は大好きだった(若かった当時)。

レイモンド・チャンドラーのマネとはいえ、ハードボイルドの手法を日本文学に持ち込んだ発想はすばらしいし、功績といえる。

このスタイルを貫けばよかった。

軽口をたたく『僕』が主人公の小説だったら、俺もまだ、ハルキストのままだったかもしれん。

ただし、村上春樹の顔を見なかったら。

 

『アンダーグラウンド』はノンフィクションだ。

あまりにも深刻な問題をテーマにしている。

軽口をたたく主人公を描いていた作家が、突如シリアスな社会問題をテーマとする。

これは大いなる違和感。

ノーベル文学賞の選考委員は、この違和感をもったのだろうと思う。

つまり、作品の一貫性のなさと、そこに見える作家の欲。

芥川賞・直木賞という日本の二大文学賞を受賞していない村上春樹にとって、喉から両手が出るほど欲しいもの、それがノーベル文学賞だった。

 

まとめ

2016年のノーベル文学賞は、奇しくもアーティストのボブディラン。

作家ではなく歌手だった。

当然歌詞における文学性が評価されたわけだが、独自の詩的世界を構築し続けた業績が評価されたのだ思う。

村上春樹は、作家としてのスタイルが定まっておらず、決してマジョリティではない。

これが、ノーベル文学賞を受賞できない理由だ。

物欲しいそうな目でノーベル賞を見つめていたら、選考委員も嫌気がさすってもんだ。

 

何でもそうだが生き方の問題だ。

村上春樹は作家としてというより、人間的に尊敬できない。

海外で演説なんかしないで、日本でやれ!

ライフ

つい最近の出来事だ。

詳しい事は言えないが、10歳年下の同僚が仕事のことでからんできた。

少し言い合いになった。

51歳になったんだから、仕事のことで口論などしないつもりでいた。

俺はやんわりと、相手を激情させないように語ったつもりだった。

しかし、どういうわけか、同僚は俺への憎しみを露にした。

 

「ああ、そういった考えで今までやってきたんですか? それって最悪ですね。」

「無駄な25年間だったっすね。」

 

ここまで言われて俺も言い返してしまった。

最後にこの同僚は、

「だから管理職から降格になったんですよね。」

と言い放った。

 

管理職降格は俺自身から申し出たこと。

しかし、それを説明しても意味はない。

 

とにかく、この同僚は俺が嫌いなのだ。

 

ではどうするか?

 

翌日、俺は自分からこの同僚に「おはよう!」と言った。

すると、相手も返したので、俺は許せる気になった。

 

言い合いのことは触れずに、ごく普通に仕事の相談をした。

まるで、昨日のことは何事もなかったかのように。

同僚も少しは言い過ぎたと思っていたのだろうか。

すまなそうな顔をしていた。

 

俺は管理職をやめ、マンション暮らしを始め、心のゆとりができた。

はっきり言って、いい気分だ!

だから、あの同僚を許せる。

ひどいことを言われたが、もう気にならない。

 

俺はこのことで、悟りを開いた。

 

ライフ

俺、クールキャットはサラリーマン。

毎月お給料をもらっている。

この4月から、その給料が4万円ほど下がった。

理由は簡単。

管理職をやめたからだ。

 

普通の平に戻った。

 

管理職をやめた3つの理由

中間管理職は早く死ぬ

これは間違いない。

酒の付き合い多く、帰宅が遅く運動もできない。

俺は高血圧症になり、動脈硬化も進んでるという、人間ドックの結果が出た。

確実に長生きはできない。

このままではダメだ。

長生きだけが人生ではないことはわかっている。

しかし、俺には、まだ5歳と3歳の子どもがいるのだ。

早くくたばるわけにはいかない!

 

家族団らんが優先

俺は小さい頃、ある程度の家族の団らんはあった。

しかし、一度も家族旅行をしたことがない。

貧しい農家に生まれた俺は、そんな境遇には恵まれなかった。

親父は寡黙で、ひたすら田畑で働いた。

そして脳腫瘍で死んだ。

もちろん、親父は大好きだ。

だが、もっともっと親父とのふれあいがほしかった。

なんどかキャッチボールをしたことを覚えている。

俺が社会人になって酒を酌み交わしながらいろんな議論したが、もっともっと親父やおふくろとの思い出がほしかった。

そう。

小さかった頃の思い出。

 

俺は晩婚だ。

44歳で結婚した。

だからだろう、幼い子どもたちがかわいくて仕様がない。

 

子どもたちとたくさん遊んで、旅行に行って、いっぱい思い出を作ってやる!

俺はそう決心した。

 

自分を見つめる時間がほしい

中間管理職の時代は、当たり前だが仕事優先。

休みもない。

カラダもそうだが、精神もおかしくなる。

 

俺の趣味は小説と音楽。

ブログを書くもの好きだ。

 

管理職では好きなこともできない。

俺は、自分がやりたいことをやりたかった。

たとえ給料が下がろうが。

 

9年間の管理職に見切りをつけ、おふくろにも相談して、妻にも相談して決心した。

収入が減る分、妻がパートに出ている。

有り難い・・・。

 

今、俺は自分らしい生き方ができている。

だから、こんなブログを書いているんだと思う。

ライフ

俺だ。

急に涼しくなりやがって、寒暖の差が激しいから参るよなあ。

 

話は変わるが、このブログを始めて一週間ほど経つ。

にほんブログ村の【マンション暮らし】部門で1位になった。

ただしOUTポイントで。

速すぎるだろ。

まあ、しゃあないと言えばしゃあない。

この部門、26サイトしか登録してへんわ。

近いうち部門を変えようかと思うてる。

 

再びさて。

俺も51歳になった。

もう大体、社会のことはわかった。

人生のことも。

俺はサラリーマンだから、あと10年で定年を迎える。

だが、定年が65歳まで伸びるなどとフザケタことを言っているヤツがいる。

あと10年と思っていても、15年に変更となると、気分が違ってくる。

モチベーションっていうやつがさ、もたねえよ。

 

それはまあ、さておき、4月からマンションに住んでつくづく思うことがある。

それは、

 

人間に生まれてヤッホー!!

 

これにつきるよなあ・・・。

☟こんなんに生まれなくてよかったよ。

ネコなら、まあ、許せる。

以前こんなことを想像した。

もし死んだとして、霊魂再生説(リインカネーション)を信じるなら、来世はどんな生物に生まれ変わるのか。

この地球には何万種類という生物が生きている。

その何万種類というカードから一枚を引き、人間という生物を引き当てるのは想像を絶する確率なのだ!

 

俺みたいなチンケな一般人の51年間だが、心から感じるのは人間に生まれたことへの感謝だ!

この感謝をエネルギーに変えて、このブログを書き続けたいと思っている。

スポンサーリンク